1ヶ月あたりの休日数が10日になった(7日だったあの頃)

月の休日が6~7日などという悪い冗談みたいな会社に勤めつつ、まっとうなひとり暮らしをしようしたら、時間の使い方について真剣に考えざるを得ないのである。
そんな弊社もコロナやらなにやらなんやかんやを経て現在、休日数9~10、おまけに休憩時間が90分、時給も上がって手取りは据え置き。給料の増えなさ加減には辟易するが、好きな仕事を好きな人たちとして、当たり前に月10日休ませてくれるのだったら、転職の選択肢は(わりと最近まで悩んでいたのだが)捨てさせてもらってよい。こんな日が来ようとはなあ。
月6日の休日なんて身体を休めるだけで精一杯だったし、実際、1週間の疲労がとれるわけもない。そんな中で(例の本ではないが)働きながら毎日本を読むことなど不可能だとあの頃は思っていた。それでもやるだけやってみようとタスク管理をしはじめて、無駄な行動をなくし、家事や日課は効率化を試みて、不可能ではないと確信した頃には、たった5分、10分の貴重さが身に染み込んでいたのだった。実際、朝の10分を自分のものにできると夜の1時間が違ってくるのだが、これは体験してみないことにはまったくピンとこないと思う。
そんなわけだから、ひょっとすると3日と30分の増加を社内でいちばん喜んでいるのは私かもしれない。周りを見渡すと休憩時間を持て余していたり、そんなことより給料を上げろと怒っていたり、まあ全スタッフの反応を確認したわけではないが、手放しでヒャッホーしているのはどうも私だけな気がする。だって休憩中、本を開いた他にこうしてブログまで書く余裕があるんだぞ。大はしゃぎだわ。
まあでも、わからなくもない。休憩持て余しスタッフ氏からは、パートナーや家族や友人と休日を過ごした話はよく聞くが、ひとりで楽しむタイプの趣味・娯楽の話を聞いたことがない。シンプルに暇なのではないかと思う。給料上げろスタッフ氏は……オーナーのことがひたすら憎いのと、10日程度の休みではどうにもならないほど疲れている、のだろう。彼女についてはもうホントにマジで休職一択だと思うのだが……。
私にとっては10年来の念願叶ったかたちだが、感じ方や受け取り方は人それぞれなのだなという素朴な驚きがある。内心の大はしゃぎは手帳の中やここでするとして、会社であまりウキウキするのは無神経なのかという気さえしてきた。ううむ。
ただ、自由時間が増えて手取りが増えないというのは、確かに由々しきことではある。休みのたびに美味しい物を食べに行ったり買い物ができたならこの上ないが、もちろんそうはいかないわけでお金を使わない過ごし方を考える必要がある。積読と図書館で無限に時間を充実させることができる読書とかいう趣味の無敵ぶりには改めて惚れ惚れするが、インドア一択も芸がない。最近は、いい感じの公園がないかとグーグルマップを眺めている。できる範囲でできることを探す、その時間も楽しいと感じている。
いややっぱ大はしゃぎしかないわ。私は最後のひとりになってもはしゃぐぞ(?)ヤッター!!
5月2週目は腰痛と読書
天気予報の予想最高気温が15度で風速が7メートル、小雨交じりの曇り空で遅番勤務……ならば夜の体感温度は10度以下、厚手のニットカーディガンにウインドブレーカーを重ねて羽織り、下は100デニールのレギンスが最適解とみたね(眼鏡をクイッと上げる仕草)。5月も半ばになろうというのに毎日やたらと冷える冷える。皆さん(寒い街にお住まいの同士たちは特に)風邪に気を付けてお過ごしください。ちなみに私の風邪はようやく治った。鼻水つらかった。
寒さのせいかどうかは分からないが、1週間前、久々にキツめの腰痛になった。背中と尻と、脚は膝まで痛みがあり、4日間はヨチヨチ歩きで出勤して周囲を困惑させていた。立ち仕事なのだが立っている姿勢がいちばん楽なので、働いている分にはあまり困らない。とはいえ不便だし心配はかけてしまうし、なにより休日に遠出できないのが悲しい。あと、行きつけの図書館の椅子が図書館なのに固くて座れない……いやこれは腰痛とか関係なく買い替えて欲しいとずっと前から思っている。そんなわけなので、休日もスーパーに買出しに行く以外はずっと、家で寝転がって本を読むかYouTubeを見るかしていた。
以前、実家の自室の本棚から気まぐれで回収したものをなんとなく読み進めている。20年以上積むだけ積んでいたせいで、汚れたり変色したりしており本に対して大変申し訳ない。
あれがもし、自分の待っている老人なら、顔を合わせ、一言こう言おう。
『私はあなたに殺されたイアン・パトリック・モーガンの息子だ』
だが、それを言う機会は遂に来なかった。傘の持ち主は見知らぬ老人だった。
男は今もなお、ぼたん雪でまだらになった黒い傘を見続けているような気がした。いや、永遠に見続けているだろう。まるでその中に自分の人生があったかのように。その傘が自分の人生であったかのように。
1992年、東京の冬の路上で、一人の男が謎の死を遂げた。ジャック・モーガン、元IRA(アイルランド共和軍)テロリストのこの青年が本作の主人公である。そして彼が生涯をかけて追い求めた白髪の東洋人スパイ、《リヴィエラ》が物語の主役である。《リヴィエラ》を巡って何か国もの組織が暗躍し、望むと望まざるとにかかわらず思惑は絡み合う。緊張感のある世界スケールの情報戦が、硬質で淡々とした筆致で語られていく、その巨大な流れの下に確かに流れる熱、愛、不意にこぼれだすような人間の感情、そのままならなさ……。
高村薫作品は『李歐』だけ読んだことがある(これも実家に置き去りになっている)。空虚を抱えて生きている主人公が、運命の男と出逢って、出逢った瞬間に人生がはじまって/終わってしまう話だった。わりと好物ではあるのだが、主人公の奥さんが可哀想すぎて、最終的な感想が「奥さん可哀想すぎる」になってしまったのをいちばんしっかり覚えている。再読したらさすがに全然違う感想になりそうだ(それはそれとして奥さんは可哀想だったよ)。
郷里というか、ある土地への親愛や憎悪や憐憫や夢想や、とてもひと言では言い表せない複雑な執着の想いが作品の根底を支えているであろうところ、ノーマン・シンクレアの色気は関わったらやべえ男のソレではないかと疑ってしまうところなどに『李歐』のかおりを感じつつ、現在上巻を半分くらいまで。大変面白い。でもジャック、冒頭で死んじゃってるんだよな……。もうかなり好きなので、なんとかならんか……の気持ちが湧く。つらい。なんともならん。
2冊目。なんと今まで読んでいなかった。『塩の道』で感動してからずっと読まねばと思い続けていたものを、ようやく購入。読み進めている。明治・大正・昭和を生きた人々の、暮らしの記録ではなく伝承、語りであることの魅力がすごい。老人たちにどのようにして会い、聞いたのかを書き留めた、旅の記録であるところも楽しい。著者が素晴らしい聞き手であるからこそ成り立っている本だと思う。まだ100ページくらい残ってるけど、今年のベスト。
YouTubeでは手帳関係の動画をよく見た。毎日、目標や雑記を書いていたノートを今日で1冊使い切るのだが、新しい手帳の使い方をやや悩んでいる。週末と月末にまとめのようなものを書きたくて、上手いやり方を探しているのだ。来月や来年に振り返りがしやすいよう、スッキリと記録したいがついつい書きすぎてしまいそう。相変わらず、紙にペンを走らせること自体が好きである。
老いては手放し
4月の思い出なら毎年お花見のことがいちばんに出てきて欲しいものであるが、今年は職場のパートさんがひとり退職されたことと、30年以上ぶりに本格的な風邪をひいたことの方が残念ながら強い。パートさん、いい人だったなあ。優しくて真っ直ぐな人ほど、オーナーと上手くいかなくて辞めていってしまうのが、いつも悔しいし悲しい。
風邪はどうもお花見のときにやられたらしい。母と一緒に公園へ行った話はここでもしたが、あの日は実はえらく風が冷たかったのだ。やけに鼻水が出るから花粉症かと思っていたら、咳に頭痛にまさかの発熱。風邪で寝込むなど小学校以来のことで、体温計の表示が37度を超えていたときの衝撃といったらなかった。免疫力が落ちてきているのだろうか。ひくんだ、風邪。ひかない体質なのかと思っていた。
この身体とは44年の付きあいになるが、ますます思いどおりにならない、理解できない存在になってきたなとしみじみ思う。今でさえそうなら、あと10年もしたら身体の自己所有感なんてものは消えてさえいそうである。
40を超えてから、とても分かりやすく老いの実感に襲われている。30代もそれなりにショボショボしていたと思うが、40代は比ではない。老後のことを考える日が増えたし、想像の中身もいっそう具体的かつ悲観的である。私は現在、独身のひとり暮らしであるが、この先の人生もひとりで生きて、ひとりで死んでいきたいと思っている。そのためには、たくさんの赤の他人の力や気持ちに頼らなくてはならない。助けてもらわなくては立ち行かない。家族を持たず、友人や仲間と支えあうでもなく、ひとりで生きるとはそういうことだと思っている。しかし、どうだろうか、20年後いよいよ福祉や病院のお世話にならねばというとき、現在と同じような支援を同じくらいの金額や条件で受けられるなどとは到底思えない。悲観的というのはそういう意味で、なんなら悲観っぷりがまだ足りていないように思う。どのみち、できる限り健康でいることこそ自分と他者のためである。
健康とはつまり、どんどん自分の支配を放れていくこの身体と、なんやかんやで上手く付き合っていくということだ。自分ではなく他人を相手にするように、敬い、労り、よく耳を貸す。コミュニケーションを重ねていく。ケンカばかりで収集がつかないと思ったら、第三者(お医者さんなど)に間に入ってもらえばいい。
風邪は市販薬でなんとかなりそうだが、さしあたって病院のお世話になるべきは目である。乱視が酷くて、文章を読もうにも焦点が合わず参っている。風邪はずいぶんよくなったが、こちらは自力で治しようがない。今週末、病院へ行ってくる。そしたら眼鏡デビューかな。なんでもいいから早くまともに本を読めるようになりたい。4月は2冊しか読めなかったし、読書時間も1日平均20分だった。目が駄目なら耳はどうかとオーディブルにチャレンジしてみたが、これがどうもにも向いていない。とかく行き詰まりがちな1ヶ月だった。
ふたりでお花見、あの日の夜桜
2連休の最後の日、母と一緒に実家の近所の公園までお花見に行ってきた。

行きのバスに乗ったときは気持ちの良い青空だったのに、到着したら一面、灰色の雲。建物が低く空の広い田舎町なので、こういう日は余計に沈んだ風景に見えてしまう。が、そんな中でも桜は美しかった!園内は8割方満開。平日の昼間であるにも関わらずたくさん(田舎基準)の人が歩いていた。週末以外は出店が閉じている可能性まで考えていたので、ナメててごめんねという気持ちに。これだけ見事なのだから、いくら人が少ない町とはいえそりゃ集まりもする。ましてや、明日は大雨の予報である。花の命は短くて、愛でるならば今しかないとみんな思ったに違いない。お花見とか紅葉見物のタイミングってほんと難しいよね。天気が残念ではあったが、今日行けて本当によかった。やっぱりお花見はいいな。家計簿と相談しながら今年もあちこち見て回ろう。
今日は出店で買って食べた物が全部おいしくて感激だったのだが、汁物がまったく売られていなかったのはとても無念だった。10年以上前、親子3人で夜桜を見に来たときは、おでんやラーメンがあったのだ。また食べたいと思っていたのは私だけではなかったようで、母とふたりであれ美味しかったよね、残念だねと言い合った。そこの思い入れを共有できているとは思っていなかったので、少し嬉しくて、なおさらしょんぼり。
そういえば母とふたりでお花見をすることも、少なくともここ数年はなかったのか。母と私と、1月に亡くなった父と、3人の記憶のとなりに、これからはふたりきりの思い出が並んでいく。母は今日、父の写真をポケットに忍ばせており、「これで一緒に来れたかなって」などと笑っていた。3人でラーメン食べたかったね。
帰りにひとりでラーメン屋さんに行こうかと迷ったが、冷たい雨が降ってきたので真っ直ぐに帰宅した。あと屋台飯のせいで少々胃が重い。うどんでも茹でて労わろう。
たくさん悩んでたくさん遊んで充実した2連休になったが、朝夜の冷え込みと寝不足のせいだろうか、お腹の調子がずっとイマイチである。ここ数日、夜の何時に寝ようとも必ず4~5時台に覚醒してしまうので、自律神経がおかしくなっているに違いない。はじめてのことで正直かなり戸惑っている。次から次へと、今年は「はじめてのこと」が多すぎる……。
ひとりで生きる40代に心身に勝る宝など
2連休の1日目は、文章を書くことと読むこと、時間のやりくりなどについて考えていたらあっという間に日が暮れてしまった。休日を悩むことのみに費やすとは、なかなか贅沢なのではないか。というのも、今年に入ってからいろいろな、本当にいろいろな生活の変化があったが、ここにきて畳みかけるようにいろいろいろいろいろなのである。
まず、5月から休日が1日増える。今まで月8~9日休みだったものが、9~10日になる。更に休憩時間が60分から90分に変わる。40分のお昼休憩と20分の中休憩だったものが、60分+30分になるとのこと。読書やブログや手帳に避ける時間も当然増えるはずなので、ルーティンの見直しに熱が入るわけである。すごい。嬉しい。ふつうの会社みたい。月6~7日しか休めなかったあの頃の自分を、よう踏ん張ってくれたと抱きしめてやりたい。おかげで今こんなにも生きやすい。オーナーが、国の方策がうんたらかんたらでいろいろ悩んだんだけどォ、などともぞもぞ言っていた記憶があるが、要は助成金が欲しいから勤務時間減らしますということだろう。この会社は休日の少なさが長年の最悪ポイントだったので、理由なんかもうなんでもいい。とにかく、仕事に縛られない自分の時間が増えるのだ。ヒャッホー!
と、喜んでばかりいられたらよかったのだが、いいことばかりでもない。退職者がひとりと、異動になったスタッフがひとり。毎日のように顔を合わせていたスタッフと離れなくてはいけなくなった。これが本当に寂しいし、心配である。売上げを少しでも上げることだけを考えたなら、納得のいく人事ではある。が、異動を命じられてしまったスタッフさんは、配属先と相当に折り合いが悪く、将来の不安で夜まったく眠れない、何も考えられないとずっと言い続けている。そして、オーナーに対して怒り続けている。私はもうずっと彼女のことが心配である。
私は今年44になるのだが、彼女は私より少しだけ年上だ。この田舎で転職を考えようと思ったら、不可能ではないだろうが難しい年齢だ。会社の最古参のひとりで、大先輩。誰からも好かれる人ではあるが、誰からも好かれるための、とても繊細な努力を毎秒している人、と私には見える。そのせいかは分からないが、環境が変わることや想定外が起きることをとても恐れている。いろいろな面で、転職を選ぶのはつらいのだと思う。
性格も価値観もまったく違うが、同年代で、独身で、頼れる親類縁者がおらず将来に不安を感じていて、と境遇は私と似ているところがある。それでなくとも私は彼女が好きである。力になれないのはとても苦しい。どうにか報われて欲しい。どうにか……。
実はもう20年近く前のことだが、メンタルをやられて1年以上ひきこもっていた時期がある。身の振り方や自分の在り方について考えること、変化を受け容れて自分も変わる覚悟をすること、ただでさえ難しいのに、心身が健康でないならなおのこと。会社の経営が厳しくなっている今、私とていつ同じ状況になるか分かったものではない。悩んで変わってせいいっぱい、今できることを今やらなくては。
そんなわけで、副業なども視野に入れて今後のことを考えている。会社が駄目になったら副業を本業にする選択肢が生まれるし。しかし仕事がないな……田舎がよォ……。こうなると、腰と背中が悪いせいで身体を使う仕事ができないのが本当に悔しい。身体さえ大丈夫ならなんでもやるのに。本当は介護や配送など、直接的に人や地域の助けになれる仕事がしたいのだ。間接的でもいいから何かこう、ないかなあ。
見て考えて大事にする
ボーっとする時間が増えてしまって、意志の力だけではどうにもならなくなってきたので、数年ぶりに時間管理アプリ・ルーチンタイマーの力を頼ることにした。無料で無限にルーチンを設定できるだけでも大分ありがたいのだが、残り時間を音声で教えてくれるのが本当に大助かり。少しの間、背中を突っついてもらいながら規則正しい生活を目指していきたい。
ルーチンとそれにかかる時間とをひとつひとつリストに並べていくと、食後にYouTube巡りをはじめさえしなければ、ポイ活のついでにTwitterを開きさえしなければ、1日はこんなに長いのだなと日頃の怠惰を思い知る。私ときたらすぐに怠けるし、すぐに考えることを止めてしまう。無駄もぼんやりも必要なときがあるとは思うが、そればかりにならないためには可視化をする必要が(私の場合は)大いにある。時間・お金・食事はできるだけ振り返りがしやすいようにしておきたい。
いずれは読書の記録ももっと細かくつけられるようになりたいのだが、私はどうも本に関して書くということがいちばんの苦手らしい。そもそも文章が苦手じゃんというのはまあその、それはそうなんだけれども。今年は7冊(+青空文庫)の本と出会ったが、読書ノートの捗ってなさ加減を見るに、上手いこと付き合えたとはとても言えないなと思う。読書体験を大事にしたい、とこのブログをはじめたときからずっと思うだけで、ずっとヘタクソなままである。
今日は『自分をみつめる禅問答』『なぜこんなに生きにくいのか』を読む予定。めちゃくちゃ人生に悩んでる人っぽいチョイスになってしまったがそんなことはなくて元気。
旅欲定期
2連休1日目の今日は、家にひきこもって読書に映画にゲーム実況配信の視聴にと、インドア娯楽を満喫した。今月は有給を1日申請したので、ゆっくり過ごす時間がたくさん持てそう。いつ何をして過ごそうかと悩むのは嬉しくて、少し切なくもある。相変わらず手取り15万+投資で得たお小遣いで生きているので、休みだからといって贅沢をするわけにもいかず、出かけたい気持ちを抑えて、1円も使わずに楽しむやり方を意識して探さなくてはいけない。来週はお花見にも行かねばらないし。お米を買った分、先月より食費がきついし……。
プロジェクターにスマホに食洗器にと大きな買い物をした1月に続き、冷蔵庫を購入したため3月も赤字だった。インセンティブと個別株の売却益を得られたので、思っていたよりずっとまともな数字ではあったが赤は赤。4月以降は通常の、生活費11万以下の地道な節約生活に戻るぞがんばるぞ……と背筋を伸ばすわけだが、過ごしやすい季節を目の前にしてか最近、外出したさがすごくて困っている。なんなら旅行したい。旅行……したい!!近場でいいからどっか泊りがけで遊びに行きてえよジタバタ。家電の新調を決めたとき、今年も(も、だ)旅行は見送るべきだとちゃんと納得していたはずなのに、年イチで旅行にも行けない人生なのかよと、まあこれは今年に限らず定期的に湧いてくる気持ちではあるのだが、やっぱり考えてしまって止められない。YouTubeでめちゃくちゃ旅Vlog観てしまうし、具体的なコース考えて計算機まで叩いてしまう。あれこれ想像しながら計画を立てるの、すごく楽しいよなあ。地方都市の寺社仏閣、史跡、カフェを巡る街歩き、嗚呼。
今のところは夢、妄想どまりの話である。が、これを現実に近付けるためにも健康的な(身体を壊したら遠出もできなくなる)節約生活をまずは継続していかないと。
3月の振り返りにもうちょい時間を割きたいなと思いつつ、今夜はここまで。

