日々のあはい

貧乏人、本を読んで暮らす

読書ノート(3)

5月の読了本、2冊

 文章を書く時間と文章を読む時間、両方同じくらい大事にしたいと思うのになかなか上手く回らず、どちらかに偏りがちな毎日を送っている。また、今月に入ってから身体の調子がすこぶる悪く、やりたいことをやるぞと意気込んでも、フッと電池切れを起こしてしまうことが多い。ままならない。

 で、ヨッシャ藤沢周平でも読んで元気出すかという感じで手に取ったのがこちらの2冊である。元気出るタイトルかこれ?と思われるかもしれないが、私は時代小説が好きなので。藤沢作品は短編集ならいくつか本棚にあるのだが、長編は『密謀』しか読めていなかった。わくわくしながら開いたわけだが、脚と胃の絶不調を忘れさせてくれる面白さだった。剣士の真剣勝負は健康にいい。

 人と組織と、それぞれの思惑が複雑かつ密やかに絡み合い、気が付けば敵が味方に味方が敵に…というと、どろどろとした人間関係が展開していそうなものだが、不思議とどこかドライにさえ見えるところが印象深く、私の好みだった。

 主人公・鶴見源次郎は、一時的な味方として人に手を差し伸べはするのだが、忠義や親愛や因縁でひとつところに留まる(所属する)ということがなく、誰にとっても外部の人間に過ぎない。といっても薄情なわけではなく、彼はむしろ、皆それぞれに立場や思いを抱えているのだということをよく慮ることのできる人間である。だからこそ容易くは踏み込まない、踏み込めないと思うのだろう。親しい女性や友人に対しても、刃を交える敵に対してでも同じである。今、ここで、そこに触れてしまうのは我々の関係に相応しいだろうか?関係が変化してしまわないだろうか?というような躊躇いが言動に滲んでいる。それは自分と相手のみならず、誰かと誰かの関係性を尊重することにも繋がっていく姿勢であると思う。鶴見だけでなく、人と人とが関わりあうということに対して誠実な人たちの多く登場する物語だった。すごく面白かった。

関わりあいながら、人生は続く

 最近、実家の母の夢を見た。これが相当な悪夢で、あまりにもあんまりなので詳しくは書けないが、詳しく書くのが憚られるような超プライバシーに踏み込まれた上に、責め立てられるといった内容のものだった。起きてからしばらく胃が痛かった。心も痛かった。

 実家を離れて一人暮らしをはじめてから6年が経つ。父母の傍にいる間は気付けなかったことがたくさんあり、気付くたびにつらい、しんどいと思ってしまうのだが、だからこそ、よかったなあ、と思っている。長い間、見えていなかったものを、ちゃんと自分の中に見つめることができるようになった。よかった、と思う。

 父母との関係はひとつ屋根の下に住んでいた頃よりも良好で、何より健全である。いつか、今よりもっとやさしい気持ちで関わりあえる日がくればいい。諦めずに生きていきたい。